個人の自己破産手続において、破産管財人は裁判所から選任され、破産者の財産の調査・管理・換価・配当、そして免責に関する調査といった重要な役割を担います。
免責とは、破産手続を経ても残ってしまった借金の支払義務を免除する制度であり、破産者の経済的再生にとって極めて重要です。
今回は、私が破産管財人として関与した個人破産事件の中から、1000万円を超える多額の負債を抱え、かつ浪費という免責不許可事由が存在したものの、最終的に裁判所の裁量により免責が許可された事例について、管財人の視点からご報告いたします。
事案の概要:1000万円超の負債と免責不許可事由
本件の破産者A氏は、会社員として勤務していましたが、数年にわたり、収入に見合わない遊興費や高価な物品の購入を繰り返し、複数の消費者金融やクレジットカード会社から多額の借入れを行っていました。
その結果、負債総額は1000万円を超えるに至り、自力での返済が不可能となり、自己破産を申し立てました。
A氏の破産申立てを受け、裁判所は破産手続開始決定を出すとともに、私を破産管財人に選任しました。管財人としての最初の職務は、A氏の財産状況の調査と、免責不許可事由の有無の調査です。
A氏との面談や提出された資料を精査した結果、以下の点が明らかになりました。
- 財産状況
A氏には特筆すべき換価可能な財産(不動産や高価な動産など)はほとんど存在せず、いわゆる同時廃止ではなく管財事件として処理することが相当な事案でした。 - 負債の原因
借金の主な原因は、A氏の浪費(遊興費、高額な趣味への支出など)であり、これは破産法第252条1項4号に定める免責不許可事由に該当する可能性が高いと判断されました。
管財業務の経過:免責調査と債権者への対応
免責不許可事由が存在する場合、原則として免責は許可されません。
しかし、裁判所は、破産手続開始決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して免責を許可することが相当であると認めるときは、裁量により免責を許可することができます(裁量免責、破産法第252条2項)。
管財人として、A氏が裁量免責を受けるに値するかどうかを慎重に調査しました。
- 破産者A氏との面談と指導
複数回にわたりA氏と面談し、浪費に至った経緯や現在の生活状況、借金に対する認識などを詳細に聴取しました。
A氏は、当初は自身の浪費癖を軽く考えていた節もありましたが、面談を重ねる中で、自身の行為が債権者に多大な迷惑をかけたこと、そして今後の人生をやり直すためには真摯な反省と生活態度の改善が不可欠であることを深く理解するに至りました。
家計簿の作成と提出を義務付け、収支状況を把握し、浪費癖の改善に向けた具体的な指導を行いました。A氏はこれに誠実に取り組み、生活再建への意欲を示しました。 - 債権者集会での報告と意見聴取
破産管財人として、債権者集会において、A氏の財産状況、免責不許可事由の存在、そしてA氏の反省状況や生活再建への努力などを報告しました。
各債権者に対しては、免責に関する意見を述べる機会があることを説明しました。本件では、多くの債権者が存在しましたが、特に免責に強く反対する意見は提出されませんでした。 - 裁判所への意見
上記の調査結果を踏まえ、破産管財人として裁判所に対し、免責に関する意見書を提出しました。意見書では、以下の点を総合的に考慮し、「A氏に裁量免責を許可することが相当である」との意見を述べました。
A氏の浪費は免責不許可事由に該当するものの、その程度や期間。
A氏が自身の行為を深く反省し、管財人の指導に誠実に従い、生活再建に向けて真摯な努力を継続していること。
A氏に換価できる財産がほとんどなく、今後、破産手続によらずに多額の負債を返済していくことは極めて困難であること。
主要な債権者から免責に対する強い反対意見が出ていないこと。
免責を不許可とした場合、A氏の経済的再生の機会が奪われ、かえって社会的な不利益が生じる可能性も否定できないこと。
本事例の結末:裁判所による裁量免責の許可
裁判所は、当職(破産管財人)の意見を聴取し、A氏の反省の情や更生の意欲、債権者の意向などを総合的に判断した結果、A氏に対し裁量免責を許可する決定を下しました。
これにより、A氏は1000万円を超える負債の支払義務を免れ、経済的な再出発の機会を得ることができました。
本事例に学ぶこと:破産管財人の役割と裁量免責の意義
本事例から、以下の点が示唆されます。
- 免責不許可事由があっても認められることがある
浪費やギャンブルなどの免責不許可事由が存在する場合でも、直ちに免責が不許可となるわけではありません。裁判所の裁量による免責の可能性があります。 - 破産管財人の役割の重要性
破産管財人は、単に財産を調査・換価するだけでなく、破産者の免責に関する調査を行い、裁判所に意見を述べます。管財人の調査や指導に誠実に対応し、反省の態度を示すことが、裁量免責を得るためには極めて重要です。 - 真摯な反省と更生の意欲が鍵
免責不許可事由を作ってしまったことに対する深い反省と、二度と同じ過ちを繰り返さないという強い更生の意欲を示すことが、裁判所や管財人に良い心証を与え、裁量免責の判断に繋がります。なお、稀に、この期に及んで破産代理人や破産管財人に対し、「ごまかす」「嘘をつく」という破産者がおります。そのような場合、不誠実であるほか、免責不許可事由に該当し、ほぼ確実に「免責不許可」という意見となります。 - 債権者の理解と協力
債権者から免責に対する強い反対意見が出ないことも、裁量免責の判断において考慮される要素の一つです。破産手続の中で、債権者に対しても誠実な対応を心がけることが望ましいと言えます(ただし、直接の交渉等は通常弁護士や管財人を通じて行われます)。 - 裁量免責は経済的再生のためのセーフティネット
免責制度は、多重債務に苦しむ個人に経済的な再出発の機会を与えるための重要な制度です。免責不許可事由がある場合でも、全ての事情を考慮して柔軟に判断される裁量免責の存在は、まさにセーフティネットとしての役割を果たしていると言えます。
破産管財人としては、債権者への公平な配当を確保するという使命と同時に、破産者の経済的再生を支援するという役割も担っています。
今後も、個々の事案の特性を十分に理解し、公正かつ適切な職務遂行に努めてまいります。
本稿が、自己破産手続や破産管財人の役割について、少しでもご理解を深める一助となれば幸いです。
弁護士 時田 剛志