最初に破産申立の依頼をしてきたのは奥様のAさんだけでした。
 Aさんは15年以上前から、生活費が足りないときなどにクレジットカードで借入れました。1万円から多いときで4万円程度、借りては返す生活を続けてきました。
 夫のBさんには収入が少なく、子供二人にかかる費用や生活費がかかりました。Bさんはうちに蓄えがないということを知らず、「小遣いをくれ」、「親類のお祝いにはたくさん出してやれ」、「職場の同僚と飲むから、いくらか(金を)くれ」と言いました。AさんはBさんに借金があることを言えませんでした。言えばBさんに離婚されてしまうかもしれないと思いました。また亭主関白ですぐAさんを恫喝しました。口答えをすると怒鳴って手元にあるお皿を投げつけられたこともありました。AさんはBさんを怒らせるのが恐くて、蓄えがないことも借金があることもいえませんでした。そして、Bさんからお金を求められると断れずに、借り入れをして用意しました。Bさんはお金がないことを知らないため、節約もしてくれません。会社の部下に食事代をおごったりして、毎月小遣いが足りないとAさんに用意しておくように言いました。

破産をするためには借金があることと、破産をせざるを得ない状況になっていることをBさんに言わなければなりませんと弁護士はAさんに最初に話していましたが、AさんはBさんに話したらきっと火が付いたように怒るから怖くて話すことはできないと言っていました。でも話さないと手続きはできませんよ、と弁護士に諭されると、帰ったら夫に話してみますと言いました。

Aさんの弁護士費用は長期の分割でした。破産の申立まで受任から1年程度経っていましたがその間家計もつけていましたし、弁護士費用も滞りなく支払いをしていました。Bさんの小遣いが高いこともなくなっていましたので、Bさんにきちんと破産の手続きについて話をして協力をしてもらうことができたのだろうと思いました。

弁護士費用の分割も終わる頃、Aさんから電話がありました。AさんはBさんに破産手続きのことをまだ話していなかったといいました。Aさんには300万円ほどの借金がありましたが、実はBさん名義ではそれ以上の借金があることを弁護士に話しました。10年以上前にBさんから家計の足しに使ってもいいと、ショッピング系のクレジットカードを2枚渡されていて、そのクレジットカードの限度額をBさんには言わず勝手に増額して借り入れを繰り返していたといいました。そのほかに無人で作成できるBさん名義の消費者金融系のカードも4枚持っていました。弁護士に自分の破産手続きを依頼した後も、Aさんは50万円以上もBさんのカードで借り入れを繰り返していたことがわかりました。毎月弁護士に提出していた家計簿にはBさんの借り入れと返済については載せていなかったということもわかりました。返済はAさん自身のパートの給料と夫の給料とボーナスで何とかしてきたといいます。でもここにきて、Bさん名義のカードでも借り入れをすることができなくなってしまったと泣きながら言いました。弁護士はBさんを連れて事務所に来るようにAさんに伝えました。

AさんとBさんが事務所に来た際、相談室では、弁護士と担当スタッフの向かいにAさんとBさん夫妻が座りました。AさんはBさんには弁護士事務所に一緒に来てほしいとお願いしたときに自分に借金があることを少しだけ伝えることができたそうですが破産の申立をすることと、Bさん名義の借金があることについてまでを話すことはできなかったそうです。話す前から、Bさんは憮然とした面持ちでそこに座っていました。

弁護士はAさんが破産手続きをとることと、Bさん名義でもAさんは借り入れを繰り返していて、Aさんの負債以上の借金がBさんにもあることを伝え、BさんもAさんと一緒に破産手続きを取ることが最善の方法だと説明をしました。弁護士が話をしている途中で、Bさんは隣に座っていたAさんをにらみつけ、大声をあげて罵倒し始めました。Aさんは立ち上がり、弁護士とスタッフの後ろに身を隠して、Bさんに向かって「ごめんなさい」、「ごめんなさい」と何度も謝りました。弁護士は大声で怒鳴っているBさんを制止し、「そうやって大声で怒鳴るから、Aさんはあなたに何も言えなかったのではないですか。Aさんだけが悪いのではありませんよ。Aさんがなぜ借金をしたのか、借金がなぜこんなにあるのか、あなたにはわかりませんか。Aさんは贅沢をするために借金をしてきたわけではないのですよ。不足した生活費を補うために、あなたの小遣いのために、子供たちの進学準備のために借り入れをしてきたのです。気づかなかったあなたに責任はないのですか。Aさんがした借金はあなたたち2人でした借金ではないですか。あなたもその恩恵にあずかってきたのですよ。Aさんが借りたお金で今日まで何不自由もなく生活をしてこれたんですよ。」と伝えたところ、Aさんは泣き出し、Bさんはしばらく沈黙して、うんうんと頷づきうなだれました。

結局、AさんとBさん二人とも破産申立をすることになりました。Bさんは定年間近だったこともあり、退職金はすべてこちらで預かり、債権者への配当原資として管財人に引き継ぎました。

もし、Aさんが夫婦一緒に破産の依頼に来ていたら・・・・。もっと早くにBさんに借金のことを話すことができていたら、Bさんの定年退職より1年以上も前に二人同時に破産申立ができ、退職金は16分の1のみ、財産目録に組み入れればよかっただけだったかもしれません。

Aさんのように借金があることを家族に内緒にしたいという依頼者はたくさんいます。
同居している両親や子供に内緒にしたい、と言われれば内緒のまま手続きを終えることはできるかもしれません。しかし、人生の伴侶である夫や妻に秘密のまま手続きを終えることはできないと考えています。破産も再生も、夫や妻の協力は不可欠です。破産も再生も、官報公告に載る手続きです。他から知らされる前にご自分からご主人に(または奥様に)お話をしてくださいと根気よく説得することにしています。

また、ご夫婦二人とも借金があるにもかかわらず、どちらか一方しか法的手続きをしないという場合は要注意です。Aさんご夫妻のように、支払いがストップしていないBさんの名義では、今まで通り借入もできます。結局、後になって、債務が膨らみ、もう一方の配偶者も債務整理をすることになる場合が少なくありません。そのため、ご夫婦で借り入れがある場合は、ご夫婦揃って早めにご相談に来てほしいと思います。
二人一緒に債務を整理して、人生の再出発をすることは、早いに越したことはありません。